理論と実践の両輪で、本当のインサイトにたどり着くまでがマーケターの仕事

日本マクドナルドでのCEOコミュニケーションの一新や、アップルジャパンにおける「Think different」を掲げたブランド戦略の展開に携わってきた河南順一氏(同志社ビジネススクール教授)は、マーケティングにおけるコミュニケーションに不可欠なのは「ストーリーテリング」だと語ります。

今回はそんな河南氏に、そもそもマーケティングの定義は何なのか、なぜストーリーテリングが重要なのか、さらに顧客インサイトの把握には何が必要なのかを伺いました。

マーケティングとは、商品に価値を付加し世の中に送り出すこと

福田:今日はマーケティング初学者に向けたお話を伺いたいので、まず河南さんにとってマーケティングはどのような学問として捉えていらっしゃるのか教えてください。

河南順一氏(以下、河南氏):私の定義はフィリップ・コトラー氏の言う「意味や価値を付加して、世の中に送り出すこと」です。マーケティングの定義はいろいろありますが、私はコトラー氏の考え方が好きですね。

福田:これからマーケティングを学ぼうとする人や初学者は、マーケティング的な感覚や思考、視点を身につけるためには、どのような経験を積んでいけば良いでしょうか?

河南氏:業界や会社によって異なる部分も多いですが、ベースは2つあります。

1つは何を視点の基軸としてコンセプトやメッセージを作っていくか。そのうえでどんなマーケティングプランを、どのように組み立てるかを一般的に使われているフレームワークなどを使って分析・検討することです。その中でマーケットやユーザーのインサイトをどうやって掴んでいくか、その方法を勉強する必要があります。いわゆる基本を押さえることは必須です。

もう1つはマーケティングの定義である「意味の付加」に必要なストーリーテリングです。お客様にどうやって価値を訴求・意味付けして認知していただき、さらに関心を持ってもらうかを考える――消費者の購買決定プロセスを説明するモデルの1つである「AIDMA」でも、認知(Attention)の次に関心・興味(Interest)を追ってもらい、最終的な購買につながります。

今のネット社会では、ユーザーは商品を買うだけでなく、購買後にSNSなどで広めてもらうことを狙った訴求も検討する必要があります。カスタマージャーニーをはじめ、どのようなアプローチ方法やフレームワークがあるのか、どのメディアを使うとどんな展開が見込めるのか――ユーザーとのタッチポイントを押さえた適切なコミュニケーションが求められていると感じています。

ストーリーテリングには深いインサイトの把握が不可欠

福田:ストーリーテリングについて、もう少し詳しく教えてください。

河南氏:マーケティングにおけるコミュニケーションは、価値を生み出したり付加したりと、何らかの意味付けが求められます。「意味」とはその商品が持つ機能性や利便性など、商品由来のものを指します。そこにエモーショナルな部分を加えることでブランドイメージも付加し、商品が持つ価値以上に愛着を感じていただけるようにするのがストーリーテリングの役割です。そのためにもマーケターには、ストーリーを膨らませ意味付けする鍛錬が求められます。

福田:マーケターは自社の商品に、どのように向き合えば良いのでしょうか?

河南氏:これもマーケティングの定義と同様、いろいろな考え方やアプローチがありますが、重要なのはインサイトをしっかり押さえること。お客様がなぜその商品を買いたいと思うようになるのか、その理由を作るのがマーケターの仕事です。お客様の買う理由とインサイトを結びつける必要があるんですね。そのためには本当にお客様に響いているものが何か、フォーカスグループなどのマーケットリサーチを行い、データでは見えないお客様の声を聞くことで、より深いインサイトが把握できるはずです。

要はお客様の心に響くものがインサイトになるわけですが、それを見出すために、商品を担当するマーケターは当然マーケットリサーチをすると思います。ただ、それをどう解釈するかが重要なんです。リサーチデータだけに頼りすぎてしまうと、実際のインサイトから外れてしまうこともあり得ますから。

ではどうすればいいのか。例えば現場に行ってお客様の表情や行動を観察することで、ヒントを得られることもあります。デザインコンセプトとして「人間との触れ合い」を設定していたiMacは、展示会に出展した際には参加者がとにかく本体に触って撫で回していたんですよ。お気に入りの車を撫で回す人はいるかもしれませんが、それまでのパソコンでは見られなかった光景です。これもインサイトの一つですよね。

もう一つ例を挙げると、オーストラリア産のボール型チョコレート菓子「モルティーザーズ(Maltesers)」の広告を作ったマーケターは、お客様がどのように食べて楽しむのかを観察したそうです。味や食感はもちろんありますが、実際にマーケターが見たのはお客様がボール型のチョコレート菓子を転がして楽しむ姿でした。

そこで広告展開する際には、味の訴求だけでなくビジュアル的にコロコロ転がる楽しさをテレビ広告のコンセプトにし、大ヒットにつながったといいます。

いずれにせよ、マーケターにとって最も重要なのはお客様のインサイトをどうやってつかむか。ペルソナの設定などさまざまな手法もありますが、現場を観察しフォーカスグループでの意見に耳を傾けることで、インサイトの中で掘り下げ切れない部分が見えてくるはずです。そこを再度探り、本当のインサイトにたどり着くまでがマーケターの仕事だと考えています。

実際に購買を決めるのは何か、その感覚を掴むことが重要

福田:多くのマーケターの方々が、自社商品だけでなくいろいろなものに触れ、経験を積むことが重要だとアドバイスをされます。それについてどう思いますか?

河南氏:購買前の検討段階にあるブランドエクスペリエンスは、Appleやマクドナルドも重要視しています。お客様がどのような顧客体験、ブランド体験をしているかを自分の感覚として持っておくことは大切です。ある一面だけを捉えても、インサイトを見失ってしまう可能性がありますから。

そういう意味で、おっしゃる通り自社の商品だけでなく、さまざまなものを使ってみる、販売現場を観察してみることは必要ですね。

マクドナルド時代にもあったんですが、社員はみんな自分のイメージや過去の体験に基づいて、さまざまなことを提案してきます。でも、それは本当に自分たちがターゲットにしているお客様の体験として価値があるのか、それとも今の時代には当てはまらないのか、それをしっかり見極めることがポイントです。

今はSNSの時代で、お客様のさまざまな体験はスマートフォンありきですし、いろいろな情報がネット上で共有されています。さらにAmazonやInstagramなどを利用していると、購買履歴などから商品がレコメンドされるので、それがお客様自身のインサイトとして埋め込まれることもあり得ます。消費・購買の決め手になるポイントは、ほんの数年前とは全く異なるパターンなことも多いはずです。

現在のお客様がどんな環境で、どのようなエクスペリエンスを経て実際に購買を決めるのか、マーケターとして自分でもその感覚を掴んでおくこと、は非常に重要だと思いますね。

福田:いろいろなマーケターの方々にお話を聞かせていただく機会があるんですが、みなさんに共通しているのが体験の価値の重要性と、ユーザーが何を考えているかへの興味です。今のお話を伺って、改めて共通点があるんだなと感じました。

河南さんから見て「優秀なマーケター」とはどんな人だと思いますか?

河南氏:バックグラウンドがどうであれ、常に新しい発想に注目している人や、インサイトをしっかり捉えようとする人ですね。彼らは他社から来たマーケターから学んだことを、自身の持つバックグラウンドと統合し、相乗効果で思考を広げることができます。そういう人たちは面白い企画を考えられるし、さらにその企画やアイデアを発展させられるので優秀だと思います。

やはりお客様の深いインサイトを把握することは、マーケターにとって最も重要なんです。

中編「Think differentキャンペーンから見るマーケティングメッセージの重要性へ続く