マーケターとして自分を何かに例えるなら「雑草」――Voicy真嶋さんが語るマーケティング人生

マーケターとして第一線で活躍する人たちは、最初からマーケティングの仕事をしていたとは限りません。むしろマーケティングとはほど遠いと思われるような「泥臭い現場」で、汗水たらしながら、がむしゃらに働いた経験をしている人もたくさんいます。

今回インタビューした真嶋伸明氏も、そんな「泥臭い現場」で経験を積んだ1人です。現在Voicyという新しい音声メディアでマーケティングを担当する真嶋さんは、新卒で入ったベンチャーバンクで現場経験を積んだ後、独立されました。その後、どんな経緯で「雑草魂」を持つマーケターになったのか、前編ではとことん掘り下げて語っていただきました。

現場で培った「雑草魂」のマーケティング

内田:まず今までのキャリアのお話、マーケターとしてのエピソードを教えてください。

真嶋伸明氏(以下、真嶋氏):新卒でベンチャーバンクに入社しました。
ベンチャーバンクはネットカフェの運営から始まり、最近では「LAVA」というホットヨガスタジオの運営で知られている会社です。新卒で最初、新規事業開発の部署に配属されました。本格的に「マーケター」と呼べるのはもう少し先ですね。

内田:いつくらいの時ですか?

真嶋氏:ベンチャーバンクに約10年在籍後に独立し、いろいろな会社のアドバイザーをやっている頃ですね。それまでは、事業開発がメインでしたから。
ネットカフェで、販促物で看板をこの位置に出そうとか、いろいろと地道にやって、マーケターとして活躍するための第一歩を歩み始めた。そんな感じです。

内田:なるほど、マーケターとしての第一歩だったと。

真嶋氏:その通りです。ベンチャーバンクでは3年目にエリアマネージャーになった後、ジョブローテーションでネットカフェ事業のフランチャイズオーナーを指導するコンサルタントになりました。

マーケターとしての第一歩として、現場を知ることが有効です。そして全体のビジネスモデルを理解できるようになると、事業拡大の道筋が見えやすくなるので、マーケターとしての幅が広がるのではと思います。

内田:なるほど。これだけ新しい事業を立ち上げて、次々と成功させているベンチャーバンクさんですが、マーケティングの研修はあったんですか?

真嶋氏:ないですね。当時はマインド研修ばかりでした(笑)。創業者の鷲見貴彦さんが、もともと教育者を目指していた人だったからか、「マインドを上げていこうよ!」みたいな研修が中心でした。社会人としての基礎知識を学ぶ研修はありましたが、マーケティングは現場で実践しながら学ぶ方針でしたね。

内田:現場以外にマーケティングを学ぶ場はありましたか?

真嶋氏:販売戦略、マーケティング戦略、ビジネスモデル戦略など、マーケティングに関する本はよく読みました。事例研究を中心に学び、中でも一番勉強したのはマクドナルドについて。ビジネスモデルで素晴らしいと思ったのは、サイゼリアとサンマルクです。スターバックスとドトールの違いなども研究しています。

早すぎたビジネスモデルで大赤字

内田:引き続き、その後のキャリアについても教えてください。

真嶋氏:コンサルティングをしながら、事業開発も行いました。その後のジョブローテーションで、今度は「もしもしゲー」と呼ばれたガラケーのアプリに関わりました。これはiモードなどのガラケーに、ヨガの動画を配信しようというものです。

まだYouTube、ニコニコ動画もまだ流行っていない時代。当時流行していたレコーディングダイエットの要素も入れてみましたが、全然ダメでしたね。先鋭的過ぎたんだと思います。また、「もしもしゲー」の少し後には、別事業としてライブ配信も手がけました。

内田:ライブ配信も! 幅広いですね。

真嶋氏:ustreamやニコニコ生放送も出てきた時期で、自社ではネットカフェ専用でライブ配信を行うことになったんです。ネットカフェの顧客層に合わせた取り組みだと考えていたのですが、これも少し時期が早かったですね。事業開始から2年ほどで撤退となりました。

あとは、グルーポンなどに代表されるフラッシュマーケティングってご存じですか?簡単に説明すると「1000人購入希望者があつまれば、商品が半額になります」というようなサービスです。

内田:ECサイトで見かける「何人突破しました! 現在、何%割引です!」みたいなものですか?

真嶋氏:そう、それです。海外発祥のグルーポンや、リクルート社のポンパレモールが出てきたときに、ベンチャーバンクでも「フラッシュマーケティングに力を入れよう」ということになって。WEB開発のチームも、フラッシュマーケティングに注力することとなったのですが、結果は鳴かず飛ばずでした。

内田:ベンチャーバンクさんとしては、「いける!」という自信があったんですか?

真嶋氏:はい。でも参入障壁が低すぎたんです。システムさえ作ってしまえば簡単に参入できるので、競合が100サイト以上ありました。でも市場はまだそこまで温まっていなくて。

結果的には、フラッシュマーケティングのサイトの中では、3〜4番目くらいの売上を出せるようにはなりましたが、それでも赤字でした。しかも実は1番手でも大赤字だったんですよ。

内田:なるほど。市場の動向って、大事なんだと改めて気づかされるお話ですね。

真嶋氏:で、その次に会社から依頼された話が、ECサイトの立て直しでした。

「雑草魂」を発揮し、自らのキャリアを築く

真嶋氏:別事業部でECで何でも売るような事業があったのですが、大赤字だったんです。にっちもさっちも行かないので、私はまずビジネスモデルの見直しをしました。最初に市場ニーズを調査し、その結果をを元に事業内容を大きく変えていったんです。

内田:これまでの失敗を活かして、まずは市場ニーズを探ることからはじめたんですね。

真嶋氏:はい。具体的には「ホットヨガスタジオ・LAVA」店舗で、健康食品・化粧品・美容器具を販売していたのですが、どれも立て直しているECでは売れていない。そこで、アンケート調査をしてみたんです。

すると、ホットヨガに通う人の7割以上はダイエット目的だと判明したので、その目的に合う商品の販売を強化することにしました。さらに店舗でのキャンペーンに合わせて、オンラインでもキャンペーンを実施した結果、年間約数億円の黒字化に成功しました。それ以前は毎月約数百万円の赤字事業だったのに、です。

内田:素晴らしい結果ですね。これまで幾つかの部署を経験されていますが、これはご自身で手を挙げて異動されたんですか?

真嶋氏:たまたまです。ベンチャーバンクがまだ150人くらいの頃に入社し、10年くらいで5000人規模に拡大する過程の中でいろいろ任された形です。その中で、言葉は悪いですが「何でも屋」としての実力が培われたのだと思います。

内田:それが2016年頃ですよね。その後もベンチャーバンクさんに在籍されたんですか?

真嶋氏:そうですね。その後、会社の事業ドメインとして店舗ビジネスに集約する方向になり、コンサルやウェブサービスは止めることになりました。そのため僕は、会長室のようなところで新規事業を手掛けることになり、自由診療でがん治療を行う新規事業を担当することになったんです。

その後、会社組織に大きな変更があり、人事制度も変わることになって、独立するには良いタイミングなのかなと思ったんです。独立してからは、システム開発のディレクションや、新規事業のコンサルタントをしていました。

内田:それまでのいろいろな経験を活かした形ですね。

真嶋氏:その後スカイディスク社、ビズクリエーション社というスタートアップ2社に在籍しました。スカイディスクではBtoBのマーケティングを担当していました。僕自身を「どんな存在か」と考えると、もう本当に「何でも屋」であり、「雑草」のようなものですかね。

後編「「雑草」の僕に若手マーケターのあなたが簡単に勝てる方法――Voicy真嶋さんが語るマーケティング人生」へ続く